Facebookおじさんは、Facebookのヘビーユーザーです。都市部で中~大企業の社員として勤務しており、Facebook上の友達は多数います。ある程度、社会的地位の高い中年男性をイメージすれば分かりやすいでしょう。リアルの人生が不遇なわけでもなく、身だしなみも(方向性は色々あるにせよ)気にしているため、わざわざFacebookおじさんなどと名前をつけられて記事にされる愉快な存在のようには見えません。
しかし、それこそ、FacebookおじさんがFacebookおじさんたるゆえんなのです。「社会的地位の高い中年男性」ではありますが、彼らは紛うことなきおじさんで、若者のトレンドには敏感ではありません。ただその自覚がありません。若い頃はそれなりにブイブイ言わせていましたし、おじさんになった今も精力的なので、自分は年齢より10歳以上は若いつもりでいます。「自分が一番輝いていた時代」で時が止まっているので年相応の落ち着いた振る舞いというものができず、若者から煙たがられているのです。
さらに、リアルの生活においてFacebookおじさんは、周囲から「本人が満足するレベルの」称賛を得たり、若者の憧れの対象となったりすることができていません。致命的に、人望がないのです。理由は先に挙げたような振る舞いのほかにも色々あるでしょうが、とにかく人から好かれていません。だからこそ自己顕示欲や承認欲求を満たすために、本人的には最先端のツールであるFacebookを駆使しようとしているのです。
ネットでは、若い女性の間で流行るファッションやそれを取り入れているタレントなどを「みんな同じに見える」「没個性」だと嘲る風潮がありますが、Facebookおじさんも画一的に筋トレという趣味を持っています。
そして、リサーチ不足ゆえの「映え」なさすぎる構図でプロテインや自信のある身体の一部の写真をアップロードしたり、「今日はここまで!」と消化したメニューを羅列したりするでしょう。それだけならべつに無害ですが、ポイントは「あくまでも自分磨きのための孤高の趣味であるという建前を崩さず」「ストイックな自分への称賛を求めていることが露骨」「しかし写真の撮り方や文章にセンスがないので、筋トレをしている自分に酔っている痛々しさがそこはかとなくにじみ出ている」ことです。
Facebookおじさんが思っている十倍くらい、デジタルネイティブの若者はSNSの投稿内容からその真意を汲み取る能力に長けています。「べつに自慢したいわけじゃないけど、事実を述べたら結果的に人に羨ましがられるだけ」を目指してSNSを使用している方は、その意図もすべて筒抜けになっているとわきまえましょう。
Facebookは匿名ではありません。X(旧Twitter)に比べればリアルとオンラインの区別が曖昧で、面識さえあれば誰とでも繋がることがあるでしょう。X(旧Twitter)やInstagramのアカウントは教えてくれない若い部下や後輩も、Facebookおじさんからの友達申請を蹴ることは少ないはず。しかしそれはあくまでもFacebookおじさんが目上の人だからです。彼らはFacebookおじさんの投稿を見たいとは思っていませんし、自分の投稿も見られたくありません。
それがわからないまま、友達になってくれた若い部下や後輩の投稿にコメントしたり、彼らの誕生日にお祝いのメッセージを送ったりしてしまうのがFacebookおじさんです。痛い、どころか怖い、気持ち悪いと思われています。若者から本当に人望がある方は、オンラインでそんなやり取りをしなくても、ランチやプライベートのキャンプに誘われていますね。
Facebookおじさんは社会的地位の高い男性です。それなりに忙しく、仕事に関する投稿も多いでしょう。結構なことですが、ここで問題になるのは「仕事が充実しているアピール」が中身を伴っていないということです。
例えば、ビジネスパーソン向けのセミナーや講演会に参加したとして、「自分はどんな目的意識を持ってそれに参加したのか」「結果的にどのような学びを得たのか」「部下に伝えたいことはなにか」「これからの仕事にどうやって落とし込んでいくか」ということを、年齢と立場相応の文章で、なおかつFacebookにふさわしい簡潔さで綴れるなら、その投稿は一定の需要があるでしょう。
しかし、Facebookおじさんはそのセミナーや講演会の規模、参加者の熱意が伝わってくるような写真とともに、「今日は朝からスケジュールがぎっしり(^_^;)」、「いくつになっても勉強です(^_^;)」とだけ投稿します。つまりFacebookおじさんが言いたいのは、「こんなに意識の高いセミナーや講演会に参加している事実・自分」であって、求めているのは「充実している、意識を高く持って仕事をしていると褒められること」でしかないのです。
Facebookおじさんは自慢がしたくてたまらない生き物だということを繰り返し言ってきましたが、筋トレと同じくらい好きなのが空港です。海外出張の前などに、空港のラウンジであることがあきらかにわかる写真を上げて、「行ってきます(^_^;)」とやはり無益な文章とともに投稿します。世界中を飛び回るビジネスマンであることを匂わせているわけですが、やはりここで重要なのは「世界中を飛び回るビジネスマンである事実・自分のアピール」であって、しかも「だから褒めてほしい」という願望が駄々洩れているので結局見ていられない仕上がりになるのです。
残念ながら、本当に多忙で人望のあるビジネスマンはそういうことはしません。リアルで面と向かって称賛されたり、若者に慕われたりすることに慣れているので、わざわざSNSを駆使して自己主張をする必要がないからです。
いかがでしたか?自分の周りにもFacebookおじさんがいるという人や、自分もFacebookおじさんかもしれないと感じた人がいるでしょう。承認欲求を満たす道具として、Facebookを始めとしたSNSを使うという人は年齢問わずいますし、褒められたいと思うこと自体はなにも悪いことではありません。しかしやはり、日頃から周囲とうまくコミュニケーションを取れていなかったり、思うように評価されなかったりすることで、理想と現実のギャップに苦しんだおじさんがFacebookおじさんになるのだろうと推察します。