charmmy TOPライフスタイル1冊の本がつなぐ大切な想い『ビブリア古書堂の事件手帖』

1冊の本がつなぐ大切な想い『ビブリア古書堂の事件手帖』

最近、どんな本を読みましたか?

活字離れと言われていますが、ネットでの情報収集が当たり前になり、電子書籍も普及し、誰もが自分の意見を活字として発信できる時代。そんな新しい文化のなかで、実は活字に多く触れているようにも見えます。

本に関しては、紙の本か電子書籍か選択できるようになり、ビジネス書のようなものは電子書籍として読むこともありますが、何故でしょう、小説となると紙の本で読みたいと思ってしまう。

三島有紀子監督の新作、映画『ビブリア古書堂の事件手帖』を観て、その理由が分かった気がしました。


本好きの女と活字恐怖症の男

どんな映画なのか。

舞台は鎌倉。主人公は、並外れた本の知識と優れた洞察力を持つ篠川栞子(黒木華)と、ある出来事がきっかけで活字恐怖症になってしまった青年・五浦大輔(野村周平)。栞子が営むビブリア古書堂に大輔がやってくるところから物語は始まります。

大輔がやって来た理由は、亡き祖母・絹子の遺品のなかに夏目漱石の「それから」があり、そこに記された著者のサインが本物かどうかを確かめるためでした。

そして栞子は、その本に残された限られた情報だけで、絹子には死ぬまで守った“秘密”があったと謎を解くのです。


漱石の「それから」と太宰の「晩年」

この映画は、栞子と大輔が暮らす現代、絹子の若かりし頃の1960年代、2つの時代の物語が描かれます。

2つの時代をつなぐのは、2冊の古書。

1冊は、大輔の祖母・絹子が大切にしていた夏目漱石の「それから」。この本を通して50年前の絹子の物語が描かれます。若い絹子(夏帆)と作家志望の嘉雄(東出昌大)の恋。切なくも悲しい恋の物語です。

1冊の古書から祖母の知られざる過去が見えてきて、謎が明らかになっていく。身近な人の知らない過去を知ることはとてもドラマチックです。


2つの時代、2冊の本が結ぶ愛の物語

もう1冊は、栞子が祖父から受け継いだ太宰治直筆のメッセージの入った「晩年」の初版本。

この「晩年」をめぐり栞子と大輔に思いがけない事件が降りかかるのですが、その背景には登場人物それぞれの想い、それぞれの愛の物語があり、希少本を手に入れる入れないといった単なる争奪戦ではないことが明らかになっていきます。事件を解決していくサスペンスもドラマチックなのです。

栞子と大輔、絹子と嘉雄、彼らを結びつけたのは“本”で、現代と過去、2組のラブストーリーをつないでいるのも“本”。それをよく表したセリフがあります。


小説を紙の本で読みたい理由

「人の手から手へ渡った本そのものに物語があると思うんです」

これは栞子のセリフですが、この映画の核となるものを表現したひと言でもあります。

作家から読者へ、その本を書いた人の想いを読む人が受け取る。大好きな人に自分の気持ちを込めて本を贈る。読み終えた人から次に読む人へ渡っていく。方法はいろいろあるでしょうけれど、人の手から手へ渡る場所のひとつがビブリア古書堂であり、その店主の栞子は想いをつなぐ存在として描かれます。

小説を紙の本で読みたいと思う理由は、そこにあるのではないかと思ったのです。

本を開いたときの匂い、ページをめくるときの指の感触、かすかな紙の音……文字を目で追うだけではなく、いくつもの感覚を楽しみながら読んでいる。それが心地いいのだと『ビブリア古書堂の事件手帖』を見て気づきました。

また、もう一度「それから」と「晩年」を読みたくもなりました。本屋さんで新しい本を買って読むのも図書館で借りて読むのもいいですが、せっかくこの映画を観た後ですから、古書店で探してみようと思います。

『ビブリア古書堂の事件手帖』
11月1日公開
監督 三島有紀子
脚本 渡部亮平、松井香奈
出演 黒木華、野村周平 ほか
原作 三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫/KADOKAWA 刊)
公式サイト biblia-movie.jp

ⓒ2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会
新谷里映
映画ライター、コラムニスト
雑誌編集者を経て現在はフリーの映画ライター、コラムニスト。雑誌・ウェブ・TV・ラジオ、各メディアで映画の紹介をするほか、コラムの執筆、映画のオフィシャルライター、トークイベントのMCなど幅広く活躍。